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評論を論評
「俺にとって、多賀の怪獣映画についての発言は、その辺の自称評論家の発言よりズッと重大なんだから、観てない映画に関しては軽々に口にしないでくれる」
 とは、同志S君の古い発言。いや、ありがたいですね。ちなみに彼が「(該当時点で)観てない映画」とは『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(1999年 大映)のこと。「多賀の発言」とは「(前述の映画は)期待外れ。『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)の時は“最高のバランスで踏みとどまっていた”のにね」といった趣旨の手紙の文章のことであったと記憶しています。
これは『ガメラ』の記事ではありません
 それではこれから『GODZILLA』(2014年 レジェンダリー・ピクチャーズ)について述べましょう。S君、いいですか? あ、当作品の正式なタイトル日本語表記は『GODZILLA ゴジラ』のようですが、面倒なのでアルファベット部分のみしか書きません。ローランド・エメリッヒ監督版(『GODZILLA』1998年 トライスター・ピクチャーズ)について述べる必要が生じた場合は、混乱がないようその都度明記します。
戦うマリちゃんを同時にお楽しみください
 ですが、誰でも言うような「悪くはなかった。及第点」というようなことを『底辺文化発掘協会』で書いても仕方ないですよね。そこで裏技、下の写真を見てください。
朝日新聞2014年7月29日刊より
 これはその筋の有名人による『GODZILLA』評の記事ですが、これに評を加えよう、という、つまり「世間で評価の定まった人の名前を利用する評論」という反則記事なのでありました(苦笑)。それでは、始まり始まり。
ロケ地/多賀の作業場
 中島かずきさんの仰ることには概ね賛成。そうそう、どうしても『復活』の際にはゴジラが単独で出なくてはいけない、と思い込んでしまっていますが、「ゴジラとキングギドラが戦う映画」、僕らは決して嫌いではないですよね。間違いなく“怪獣に対する理解”はエメリッヒ版『GODZILLA』より進んでいると言っていいでしょう。
試合開始!!
 相田和弘さんの突っ込んでいるポイントに対しては「いちいちごもっとも」なんですが、「ご都合主義的な筋書きだった」って言っちゃったら身も蓋もないでしょう(微笑)。「自分を安住の地から追い出した水爆を開発したのは人間だ、という因果関係が理解できるとは思えない筈のゴジラが人間社会に復讐するかのように襲いかかったり(しかも開発国じゃなくて被爆国の)」とか「更にその襲撃している国に水爆よりも恐ろしい、ゴジラを倒せる発明が存在したり」するのも充分ご都合主義じゃないですか(更に微笑)。『ゴジラ』(1954年 東宝)の凄いところは「非常識にデカくて頑丈な奴が現れて街をブチ壊せば、それだけでスペクタクルな見世物になる」って見抜いていたところなんだと思います*2
縦にうねる尻尾が爬虫類っぽくなくて特徴的
 おお、開田裕治先生もいらっしゃいましたか。私はこの作品が「第1作の精神を正しく受け継いでいる」とは思えません。あ、何を以て「正しく受け継いでいる」と言うのかはビミョーですが、『ゴジラの逆襲』(1955年 東宝)の時点で形式的にしか受け継がれていないし、『キングコング対ゴジラ』(1962年 東宝)では既にありません(それがいけないと言っているのではない)。
 では、それが1作目まで揺れ返しているのか…とも思えず…。『~逆襲』くらいに受け継いでいる…のかも判らないですね。でも、受け継いでいればいい、という訳でもなく…。だって1984年版の『ゴジラ』(東宝)は間違いなく受け継いでいますから。
再び距離をとって…
 樋口尚文さんが冒頭から仰っているのは、見上げればステージの天井が写ってしまう当時の技術上の限界のためであるのは、説明するまでもないでしょう。が、ゴジラとキングギドラが戦う場面で、その2者の間に挟まれたかのような位置でのアオリの視点(『ジャイアントロボ』-1967年 東映- なんかにはよく視られましたよね)に拘ることに何か意味があるのでしょうか(いや、そういうアングルを想定することが「いけない」とは言っていませんよ)? 勿論、表現の幅が広がるのは結構なことで、何の異論もありませんが、それができなければ怪獣が表現しきれないということはないと思います。
『「自然の摂理を乱す者」対「守る者」という構図が大人も納得しやすい』かどうかは私には何とも言えませんが(私的には想田さんの意見に賛成)、最後の段落に書かれていることは、その通りでしょう。
フォール…ですが「少しは部屋を片づけてから撮れよ」と言われそうです
[多賀もちゆき]

 復活早々宿敵と戦った『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年 大映)よかったですよね。引き替え『ゴジラ』(1984年 東宝)のつまらなかったこと…。まあ、ただ、あれは設定のせいではないとは思いますが。『ゴジラ2000 ミレニアム』に出た敵役は…。印象にありません。
*2 先行作品である『ロスト・ワールド』(1925年 ファースト・ナショナル)のブロントサウルスが暴れる場面や、『キング・コング』(1933年 RKOラジオ)のクライマックスでも都市破壊のシークエンスはあります。が、『ゴジラ(1954版)』では「都市を破壊すること自体が映画の目的化している」訳です。

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2014.09.30 Tue l 批評・感想 l トラックバック (0) l top
総理大臣風情に騙されない、立派な人間になります!
 ある日、新聞にこんな記事を見つけました。
朝日新聞2014年2月15日14版より
 う~ん、『偉人伝』なんて、言ってしまえば『水戸黄門漫遊記』や『一休頓知話』の類ですから、それで「道徳を知れ」と言われてもね…。“ワシントンが桜の木を切る”エピソードって、最初はなかったのに、伝記本が版を重ねる内に加わったものだそうですから、その程度と思っといた方がいいでしょう。
 それより私(多賀)は「人間として最低限こういうことをしてはいけません(これは悪い見本です)」というものを示した方が、教育としての効果が高いのではないか、と考えます。例えば…。

『東大出てもバ○は○カ 迷惑総理・鳩山由紀夫』
『フェイスブックよフェイスブックよ世界で一番正しいのはだあれ? 安倍晋三』『“余”言者・蜃気楼〈森 喜朗〉』
『周囲の学者も騙された iPS細胞詐欺男』
『聾者のふりで一攫千金 現代の(偽)ベートーベン』
『インチキヨガの麻原先生、世界征服を企む』
『幸之助氏も泣いている 役立たずを大量生産した政経塾』
『左遷左遷でなぜかNHK会長に行き着いた男』etc…。


 どうです、タイトルを聞いただけで読みたくなるようなエピソードの数々じゃないですか? え、週刊誌のネタみたいだって? それと偉人伝って、どこがどの程度違うんですか? 週刊誌の方が取材してる(らしい)分マシかも知れませんよ(微笑)。
 あ~あ、どこか私に道徳の教科書書かせてくれないかなあ(編注:まあ、おそらく多賀さんが書いても多分、内容は多賀さんの言う「偉人な人」たちが言うことと似たり寄ったりでしょうね。世間の道徳(常識)なんて絶えず移り変わりますし、長い歴史の目で見れば「絶対普遍の道徳(常識)」なんて実は存在しないことをお忘れなく)。
[多賀もちゆき]
2014.04.07 Mon l 批評・感想 l トラックバック (0) l top
『ウォーキング with ダイナソー』を観る
 2013年の大晦日、甥にせがまれて近所のシネコンへ『ウォーキング with ダイナソー』(2013年 20世紀フォックス映画)を観に行きました。この“甥にせがまれて”というところがミソ。
 そう、「別に(劇場に出掛けて、お金を払って)観なくてもいいか…」と思っていたんですな。正直言って、もうCGではどんな画を創られても驚けないので、食指が動くかどうかは事前に知らされる内容に懸かっています。恐竜の『リアリティを追求した姿』と『擬人化に依るストーリー展開』を組み合わせている訳ですが、何となく観る前から判ってしまうような気がしていて…。まあ、案の定でしたね。「劇場でお金を払って“特撮映画”を観ていて、寝てしまったのは『ガンヘッド』(1989年 東宝)以来」です。
 これを当て込んでか、NHK総合では『地球ドラマチック』の恐竜ものを(2013年12月21/28日、2014年1月4日)、また、BS朝日では映画の広報活動の一環か『ウォーキング with ダイナソー(驚異の恐竜王国 デジタル・リマスター版)』を(2014年1月4日)再放送していましたが、これらの番組の方がズッと面白かった。
 あ、そうだ、好かったのは“角竜の中では私(多賀)の一番好きなパキリノサウルスが主人公だったところ”でしょうか。ちなみに『ダイナソー』(2000年 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ)では“私の好きなカルノタウロスが敵役だったこと”、『ジュラシックパークⅢ』(2001年 ユニヴァーサル映画)では“私の好きなスピノサウルスが主役だったこと”がgoodなところですね。
 最後にクイズ。下の写真は『ウォーキング with ダイナソー』プログラムの中の1見開きですが、「これはないだろう!!」という凄い間違いがあります。どこでしょう? 答えは書きません。書かれている解説とビジュアルをじっくり突き合わせれば判りますが、それ以前に、多少なりとも恐竜に興味のある人なら、“一瞥した瞬間に判る”筈です。
ヒント『恐竜の大きさ』
[多賀もちゆき]

 長い間TBSテレビ系列で放送されていた『野生の王国』という番組が好きで、「恐竜を特撮で、こんな(自然ドキュメンタリー)風に撮れないかな」と子供の頃から考えていました。今は手間さえ惜しまなければそういう映像が創れる時代になった訳ですが、その頃のことを思い出すたびに、連なって思い出されてしまうことがあります。
『ジュラシック・パーク』(アンブリン・エンターテイメント・プロダクション 1993年)が前評判で盛り上がっていた頃、私たちのところ(旧・總藝舎)にも便乗本製作の依頼が来ました。「製作費は40万円(我が方の経済効果マイナス40万円)!!」「期間は2週間(16見開き分の恐竜ジオラマ製作・撮影)!!」「招聘スタッフは3人(上の条件ではそれくらいしか雇えない)!!」…。確か『ジュラシック~』は「製作費150億円」「製作期間3年」「関係スタッフ800人」といったような触れ込みであったと記憶しています。
「最大級の作品に、どこまで低条件で立ち向かえるかの実験みたいだね(苦笑)」と大場さんが言っていたのが忘れられません。

■ちよっと参考
 『恐竜・古生物』の『目前で動く恐竜を観る

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2014.03.23 Sun l 批評・感想 l トラックバック (0) l top
頭のリハビリ2
 さて、前回の記事を読んでくれた友人が「有名出版物からネタを引っ張って来たら『底辺文化発掘』にならないじゃん(笑)」と、なかなか手厳しい評価。
 う~ん、でも確かにそれはそうだ。悔しいな。そうだ、これから紹介する辞書を現在持っている人はそうそういまい。リターンマッチだ、見て驚け!!

 と、いう訳で、前回と同じ言葉を今回新たに紹介する辞書で引き比べてみたいと思います。
 基準とするのは例の『ナポレオン辞書』(『国語辞典[新訂版]』 旺文社 1973年12月10日新訂版初刷 私-多賀-の蔵書は75年の7刷)。
 それと対照するのは『明解新辞典』(東京書院 1955年4月1日初版 蔵書は57年1月10日の12版 これを①とします)、『常用新辞典』(鶴書房 1957年10月10日初版 これを②とします)、『模範大辞典』(東京書院 1941年11月10日初版 蔵書は58年5月10日の30版 これを③とします)の3冊。
 何でこんな古い辞書をもっているのか? 実は③は母親が、①②は父親と叔父が学生時代に使っていたもの、という訳。
 特に①②は父方の祖母が保管していたのですが、何せ明治生まれの人ですから「本は高価なもの」。まして『辞書』ともなれば「偉い先生が書いたもの」。大事に取ってあったんですな。あ、私も『恐竜“辞典”』や『怪獣“大百科”』をよく書いていましたから、祖母には「立派な著述家」だと思われていました(いや、私は自分でも自身立派な著述家だと思っているのですが、何冊も私の書いた本を担当していながら「恐竜って両棲類かぁ?」って聞いて来るような編集者の人は、その立派さに気づいてくれなかったようです)。
 ではいきましょう。

[恐竜]「中生代にいたという巨大な爬虫類。現在、化石として残っている」う~ん、
新明解国語辞典』とドッコイですな。見出しの表記は[恐龍(竜)]。「いたという」は無責任っぽくないですか?
①項目なし。②「古生代の巨大な動物」③項目なし。 ははは、まあ、恐竜という言葉の当時のポピュラリティがこの程度だったんでしょうが…。書く以上「古生代」はないでしょう。

[政界]「政治または政治家の社会」
①「政治の社会」②「政治又は政治家の社会。政海」③「政治の社会」 まあ、こうしか書きようがないですか。「政海」という表記がある、というのが発見ですかね。

[正論]「正しい議論。道理にかなった意見」
①「理義にかなった正しい議論」②項目なし。③「理義にかなった正しい議論」

[動物園]「種々の動物を集めて飼い、一般に見物させる施設」
①「種々の動物を集めて飼いおく場所」②「鑑賞や研究のために種々の動物を集めて飼育する所」③「種々の動物を集めて飼いおく場所」 普通辞書で[動物園]を検索すると、[動物]の中に[--園]として項目が立てられているのが一般的だと認識していますが、②には[動物]という項目がありませんでした(!)。

[暴れん坊]全てに項目なし。②に至っては[暴れる]という項目さえなく…。これは設問自体が無謀だったですかね。

 …済みません、「辞書が古い」以上のネタにはなりませんでした。まだ脳の霞が充分取れてないようです。裸のお姉さんを描くのはちよっと控えよう…。
 あ、そうそう、『ナポレオン辞書』は私が小学生の時に、通っていた塾の先生に奨められて購入したものです。そこは大きいとは言えない個人経営の塾だったのですが、その先生は教え上手で、ギョーカイではちょっと有名な人でした。けど、奨めた辞書に([恐竜]みたいな)この程度の語釈が載っていたとは、思いもよらなかったでしょうね(笑)。
[多賀もちゆき]
2013.08.12 Mon l 批評・感想 l トラックバック (0) l top
頭のリハビリ
 さあ、(2013年)5月16日、いよいよ退院して参りました。が、さて、何から始めようかな。頭の調子をちょっとでも取り戻せそうなネタから書きたいんですが…。何せ入院中は怪獣か恐竜か裸のお姉さんの落描きを一日中する、という生活だったものですから、すっかり脳に霞がかかっております(そうそう、亡くなった私-多賀-の師匠の一人に、死の床でプラモを組み立てていて看護師さんに叱られたという猛者がいました。私は、医学的に根拠のある余命を告げられたら、それからウチに在庫しているキットを組み立て始めても死ぬまでに全部終わらせるのは無理だから…。結局やらずに過ぎてしまいそうな気がする)。
 あ、そうだ。入院中に使っていた辞書は『新明解国語辞典 第二版〈小型版〉』(三省堂 1972年1月24日初版。今回引用元とするのは1974年11月10日発行の第2版)で、これは私の亡父が生前使用していたもの(私が普段使いしているのは相変わらず『ナポレオン辞書』なんですが、私の部屋からものを取って来るのは私以外には不可能なので、代わりにこれを持って来てもらったんです)なんですが、『新明解国語辞典』って『トンデモ本』シリーズ(と学会:著)で採り上げられていたことがあったよな…。
 という訳で、早速確認してみると、ありました。『トンデモ本1999』(光文社 1999年1月30日初版)に、「独創性とはいったい!? 考え込んでしまう“画期的な”辞書」という見出しで、当協会のかわぐち君も、生前親しくしていただいた故・志水一夫さんが執筆されています。該当辞書は現行版でも「内容が独創的」という意味のラジオCMが流されていますが…。
 では、と、志水さんがネタにしていた[政界]をその第二版(以後『旧版』と表記します)でも引いてみると…。「[不合理と金権が物を言う]政治家の社会」と引用と同じ語釈が書かれています。志水さんが採り上げておられるのは『第五版』ですから、こういう“書かれ方(ノリ)”が初期からあったことが取り敢えず判明。ウチにあるもう一冊は『同 第六版』(2005年1月10日初版。例によってゴミ屋さん仕事でゲット。こちらは『新版』と呼称することにいたしましょう)ですが、こちらの表記も全く同じです。
 両方で[正論]を引くと「多くは、実際には採用されたり行われたりすることが無い」という[]〈大カッコ〉で括られた皮肉部分は同じ(微妙に仮名/漢字表記や、句点の有無は変えられている)。
[スパンコール]と引くと、一番最初に「ストリッパーの乳首かぶせ」という語釈が出て来るところも同じ。
 ただし[動物園]と引くと旧版では「鳥獣・魚類などを(自然に近い状態で)飼い、観覧者に見せる公園風の施設」とあるのに対し、新版では「捕らえて来た動物を人工的環境と規則的な給餌とにより野生から遊離し、動く標本として都人士に見せる、啓蒙を兼ねた娯楽施設」という、ほとんど180°印象が異なる解説に(『都人士』ってのがイイね)。
 そして旧版でたまたま目に留まって面白いと思った[暴れん坊]という言葉の語釈は、旧版では「青春のはけ口を男性的な活発な行動に求め、時には世人のひんしゅくを買いかねない人」となっているものが、新版では「男性的な」が削除されています(これは些細だが大きい)。
 いやあ、違う辞書を読み比べるのは面白いって知ってたけど、同じ辞書版違いでやるってのもいけますなあ。
[多賀もちゆき]

■参考 実はより読者諸兄に伝えたいのは以下の内容なんです。
 該当記事の書き出し間もなくで志水さんは
「 同書を買って筆者がすぐに引いてみたのは、「恐竜」である。岩波の『広辞苑 第四版』で、説明文が生物学上まったくのデタラメだと問題になり、増刷時に差し替えられて評判になった項目だ。
 同書では、

 化石として残っている、中生代の大きな爬虫類(この語釈引用部分、多賀の判断で適宜省略)。

 とある」と紹介し
「恐竜のなかには「化石として残って」いないものもあると考えざるをえない」
「もし現在でも生存しているものが発見された場合、それは恐竜とは呼べないのであろうか?」
「小型のものもあったことが知られている」
とツッコんでいます
 そして、[政界]を引用して
「 なら「不合理」や「金権」がものを言わない場合は「政界」とは言わないのだろうか?
 そんなことはなかろう。さもなければ、用例として挙げられている「--の刷新」には意味がないことになってしまう。革命直後の新政権などは、「不合理」はあっても「金権」がない場合もありうるはずだ。
 それに「政治家の社会」というのも問題だ。「政治家秘書」とかのように政治家でなくとも政界に属している人たちもいるからである」と書いた上で
「 本来、国語辞典の語句説明は、Aという言葉の説明にAでないものが該当してしまったり、Aであるはずのものがその説明に当てはまらなかったりしてはならない--少なくともできるだけそうならないように努めるべきだと思われるが、『新明解国語辞典』の場合(に限ったことではないのかもしれないが)、どうもその点に問題が感じられてならないのだ」と採り上げた理由を述べています。
 志水さんのおっしゃることはいちいち御尤も。「辞書でのウケ狙いは程々にね」と思った次第。
 ちなみに[恐竜]の語釈は第六版でも同じです。

 金子隆一さんの『新恐竜伝説』(早川書房 1993年6月30日初版)にこういうくだりがあります。
「(前略)そう、1991年に刊行された、岩波書店の『広辞苑』第四版のことである。その中に出てくる「恐竜」の語釈が、およそ今日の古生物学の常識からはるかにかけ離れた代物だったのだ。
 曰く--

 両生類・爬虫類の大型化石動物の総称。中生代の三畳紀に出現、ジュラ・白亜両紀に生息したが、特に白亜紀には巨大なものがあった。陸生のほか、空中を飛ぶ翼竜、水生の魚竜や頸長竜がある。ディノザウルス(この語釈引用部分、多賀の判断で適宜省略)。

 なぜ、こんなばかげた記述が、こともあろうに『広辞苑』に掲載されることになったのだろうか。別に『広辞苑』だからことさら許されない、というのじゃない。が、しかし、『広辞苑』にしてこうだとすれば、今の日本、恐竜という生物を正しく定義できる人間がどれほどいるのだろう?(後略)」
 おっしゃる通りです。まあ、この本でも金子さんが書かれている『直立歩行する爬虫類』が『恐竜』を定義する必要かつ充分条件、と言い切っては、一般向けの辞書の解説文としては厳しいと思いますが…。
 ちなみに私の手元にある『広辞苑 第五版』(総皮装 1999年10月15日初版)では「爬虫類に属する陸生の化石脊椎動物。中生代の三畳紀に出現、白亜紀末まで生息した。ニワトリ大から体長35メートルを越す巨大なものまであり、肉食・植物食など多種多様のものがあった。俗に翼竜や魚竜なども恐竜に含めることがあるが、生物学的には正しくない。ディノサウルス」と、かなり必死に改めた感が伝わって来ます。ただ、意地悪く言えば「爬虫類に属するんだったら、脊椎動物なのは書かなくても当たり前だろ」というようなことは言えますか。
『広辞林 第五版』(三省堂 1973年初版 多賀の蔵書は24刷)では「爬虫綱恐竜目の化石動物の総称。爬虫類のうち最も大型のものが属し、中生代に陸上・沼・沢にすんでいた。頭と尾が長く、全長30メートルに達したものもある。キンリュウ・ケンリュウ・ボウリュウなどの種類がある」先述の『広辞苑 第四版』よりは大分マシ。ただ73年時点の執筆としては情報が古い(「恐竜目」って、当時-より前の概念-で言う「恐竜目」だよね?)。辞書は何年もかけて製作するから、それは仕方のない部分もあるのかな。後、長いのは「頭」じゃなくて「首」だよね? ちなみにキンリュウはイグアノドン(広義では鳥竜類。禽竜)、ケンリュウはステゴサウルス(広義では剣竜類)、ボウリュウはティラノサウルス(広義では-大型の-獣竜類。暴竜。『アンギラス』-『ゴジラの逆襲』他 東宝 1955年~-のことではない)をそれぞれ表しています。
『大辞泉』(小学館 1995年12月1日初版 多賀蔵書は同10日の2刷…ってそんなに売れたの?!)では「中生代の三畳紀に出現し、白亜紀末に絶滅した直立歩行をする爬虫類の総称。骨盤の形によって竜盤類と鳥盤類とに大別され、肉食性と草食生がある。白亜紀の草食生のものには体長35メートルを越すものもいた」これは初版時点での時代がうんと下ってるだけあってズッとマトモ。強いて言えば「草食」じゃなくて「植物食」だよ(現代のような「草」は存在しないから。習慣的には草食と言っても間違いとはされませんが)とか、食性を言うなら「雑食」もあるよ、とかは言えちゃうんですがね。
 なんていうのが各書の[恐竜]の語釈であります(実は問題の『広辞苑 第四版 初刷』も我が家にあります・笑)。

 更に、『新恐竜伝説』を読み返して判明したことがあります。以前、「図録がないため正確な名称や開催期間が確認できない、サンシャインシティ(東京都豊島区)で開催された恐竜博」という話題を書きましたが、それは『大恐竜博 水と緑の惑星』(1992年)というものでした(図録も古書店で入手)。

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